ご 由 緒 ◎木曾義仲戦勝祈願の図 きそよしなか せんしょうきがんのず 宮縁起によれば奈良時代養老年間に宇佐八幡宮の御分霊を勧請【かんじょう】(お迎え)したのに始まり、天平時代に越中の国守大伴家持が祈願したと伝えられる。天平時代の末、寿永二年(1183)五月木曾義仲は埴生に陣をとり、倶利伽羅山に二倍の軍勢をしく平維盛【たいらのこれもり】の大軍と決戦するにあたって当社に戦勝を祈願し、八幡神の霊験を得て大勝利を果たした。このことは、平家物語、源平盛衰記、謡曲木曽など多くの古典文学の中に語られている。 ◎社殿屋根の梅鉢紋 しゃでんやね の うめばちもん 戦国時代には遊佐慶親【よしちか】、佐々成政等の武将が篤い信仰を寄せ、社領などを寄進した。江戸時代には加賀藩より現在の社殿が寄進され、また時折々の祈願の依頼が寄せられた。 江戸時代の初め慶長年間に当地方に凶作が続き、庶民の生活が苦しかったので、前田利長卿が当社に豊作を祈願されたところ霊験(れいげん)著しく、社名に護国の名を奉ったとされる。 ご 祭 神 ◉ [主神]:八幡大神(はちまんおほかみ) 八幡大神は「やはた」の大神(おほかみ)とも呼ばれ、譽田別天皇(ほむたわけのすめらみこと)すなわち 応神天皇と一体である。多面的な御性格【農業神、鍛冶神、国家神、軍神など】で、八幡大菩薩とも称せられ、仏教とのかかわりが深かった。 ◉ [合祀]:神明宮、住吉社、出雲社、埴安姫社、天満宮、諏訪社、東照宮など ◉ [御神徳]:産業・文化、平和・外交、学問・勝運の神 ◎神使 しんし 八の文字が鳩の形となっているのは、鳩が八幡神の神使であることによる。義仲公の戦勝祈願の際にも鳩が現われて神意を伝えたとされ、境内の手水鉢に注ぐ鳩清水も、くりから山中で鳩の導きによって源氏軍によって発見したとの言い伝えがある。